三つ葉のクローバー

ラブライブ!が好きです。無印の推しは穂乃果、希。サンシャインはダイヤ。新田恵海さんのファンです。

未来とは、キセキとは、輝くとは(ラブライブサンシャイン2期1話感想)

 いよいよ始まりましたねラブライブサンシャイン2期。ついに浦女の廃校が決定してしまいました。「0を1に」が1期のテーマのひとつでした。説明会参加の希望者が10人になっても廃校は免れない。0が10になっても現実は変わらない。そのことをいきなり突きつけられた1話です。

 

 廃校のことを言い出せない鞠莉の態度を察して果南は鞠莉に会いに行きます。ちゃんと言葉にして伝えないとわかりあえないと知ったから。懐中電灯で合図を送るシーンは、1期の回想シーンでも何度か使われていました。あの時は隣にダイヤがいましたが、今回は果南ひとりです。おそらく名家の娘であるダイヤは廃校のことをすでに知っていたのでしょう。ダイヤは鞠莉の辛さや想いを察していたからこそ自分から聞きには行かずに鞠莉が自分から言い出すのを待っていたのでしょう。

 1期では鞠莉のことを果南に託して自分は去ろうとしたダイヤですが、今回はひとりで抱え込むなと自分から鞠利のそばに行きます。ひとりで抱え込もうとする鞠莉に真っ先に駆け寄る果南と察して傍に寄り添うダイヤ、挫折を乗り越えた3年生の絆を感じるシーンです。

 廃校のことをAqoursの皆に伝える鞠莉。それを聞いた千歌はアメリカにいる鞠莉の父親に直談判しに行こうとします。その千歌を止めたのは、やめておけという果南の言葉ではなく、鞠莉の「ごめんね」でした。浦女のために留学も将来も捨てて、理事長にまでなって廃校を阻止しようとした鞠莉。そんな鞠莉に謝らせたくて自分はこんなことをしたわけではないと、千歌は頭を冷やしたのでしょう。

 さて、今回の千歌はアメリカに行こうとしただったり、キセキを起こすために「泣かない!」と決意するシーンだったりとにかくがむしゃらに突っ走ろうとするところが目立ちます。彼女は何のためにここまでがむしゃらに突っ走るのでしょう。

 当然廃校を阻止するためではあると思うのですが、廃校を阻止するというのはこの物語の目的を叶える手段のひとつであるように私は思うのです。

 μ'sの物語、1話のサブタイトルは「叶え、みんなの夢!」でした。サンシャイン1期の12話で千歌は「μ'sはみんなの夢を乗せて走った」と言っています。ラブライブにおいては、1話のサブタイトルがそのまま物語のテーマになるのではないでしょうか。千歌の願いは最初から今まで変わらず「輝きたい!」なのではないでしょうか。

 千歌は言います、全国に出られていれば廃校を阻止できていたのかな、と。言いかえれば自分が輝いていれば廃校を阻止できていたということになるのではないでしょうか。最後まで足掻くためにもう一度ラブライブに出るということも、彼女にとっては自分が輝くことと廃校を阻止するということが限りなくイコールに近いということなのでしょう。

 1期最終話のライブは、千歌は振り返ると海がサイリウムに変わったり、扉を開けるとそこは海だったりと、現実感が薄いシーンでした。現実と虚構の境界線を超越したあの場で、千歌は一瞬だけ輝きに届きます。1期最終話の照明に手をかざすシーンは、「どんなときもずっと」の穂乃果が太陽を掴むシーンにとても似ています。一瞬だけ輝きに届いた千歌は、しかしそれを掴むことは出来ずに今回の冒頭のシーンで現実に叩き落とされます。

 輝きに一瞬だけ届くもそれを掴むには至らなかった普通星人は、今度こそそれを掴むために再び走り出します。

 みんなで「キセキを!」と言ったところで今回の話は終わりますが、次回のサブタイトルは「雨の音」です。雨を止ませるというキセキを軽々と起こして見せた穂乃果とは対照的で、キセキなど起こらないとあざ笑うかのようですらあります。

 キャストのツイッターなどを見ると、キセキとカタカナで表記されていますが、カタカナであることに何か意味があるのでしょうか。そもそもキセキとは一体何を指すのでしょうか。「ウチにとってこの9人は奇跡やったから」と言った希、梨子が転校してきたことを「奇跡だよ!」と言った千歌、ラブライブにおいて今までは奇跡という単語は、人との出会いを指しています。

 キセキを起こすために「泣かない!」と決意してがむしゃらに走る千歌。しかし千歌は1期の8話で梨子に「千歌ちゃんは感じたことを素直に声にだしていいの」と言われて泣いています。ユメ語るよりユメ歌おうの歌詞にも「泣いちゃうかもねでもいいのさ」とあります。果たして涙を堪えることが本当にキセキを産むのでしょうか。

 そもそも千歌はがむしゃらに走ってみんなを引っ張っていくようなタイプではないと思うのです。普通星人だからこそ輝けなくなった梨子の辛さに寄り添えた。自分にはアイドルは無理だと言う花丸に「大事なのはやりたいかどうか」だということができた。普通に戻ろうとする善子に憧れを捨てなくていいと言うことができた。普通の子達の気持ちに寄り添うことができることこそ普通星人の持ち味なのではないでしょうか。(だから曜ちゃんが何に悩んでいるのかわからなかったというのがまた皮肉なのですが)

 浦女の周りにそもそも子供がいないこと、またG'sでの展開を見ても、Aqoursが廃校を阻止できることは恐らくないでしょう。そのときにμ'sのように廃校を阻止することイコール輝きではない、μ'sとは違うAqoursだけの輝きの意味を彼女たちは見つけなくてはならないのです。

 OPの歌詞に「みんな夢の形を探して泣いたり笑ったり」とあります。彼女たちは自分たちだけの夢の形をまだ知りません。彼女たちだけの、廃校を阻止するということとイコールではない夢の形、キセキ、輝きを「未来の僕らは知ってる」のでしょうか。