三つ葉のクローバー

ラブライブ!が好きです。無印の推しは穂乃果、希。サンシャインはダイヤ。新田恵海さんのファンです。

みんなで叶える物語とは一体何なのだろうか。

 いつも以上にとりとめのない記事です。名古屋公演に行けなかったことをきっかけに考えたことなので悔しさ、負の感情が滲み出ています。

 ラブライブのキャッチコピー「みんなで叶える物語」まだラブライブ=μ'sだった頃にできたものですね。アニメ二期ではμ'sのキャッチコピーに、そしてサンシャインでも使われたことでμ'sを超えてラブライブ全体のキャッチコピーへと意味を広げました。

 

 最近この"みんな"って何なんだろうという呟きをよく見かける気がします。みんなとは誰のことを指すのか、それも気になることではあるのですがそもそも何を叶えるのでしょうね。アニメ無印1期の最終回では「Catch your dream!」2期では「叶え、みんなの夢!」サンシャインでは「君のこころは輝いてるかい?」と言っていましたね。

 そもそもラブライブのすごいところって読者の立場を1ファンにまで下げたことだと思うんですよ。アイドルモノ(とは言っても私はラブライブ以外のアイドルモノをアイマスくらいしか知らないのですが)って最終的にアイドルと恋愛関係になるのが定番だように思います。しかしラブライブにおいては我々は1ファンでありお気に入りの子は担当アイドルでもなんでもなく”推し”です。だからアイドルとプロデューサーとの1対1の関係ではなくアイドルとファンの関係、”みんな”なんですね。

 名古屋公演に行き損ねたことで感じたのですが、最近のラブライブはファンになるための、つまり"みんな"に加わるための敷居がものすごく高くなっているように感じるんですよ。それこそ「輝夜のコールを間違えるとキンブレで刺されるから怖くてラブライブのライブには行けない」なんて言われてた頃とは比べ物にならないほどに。

 最近いろいろあってニコ生やラジオを追いきれてなかったのもあるのですが、ツイッターを見ててもキャストやそれこそ"みんな"が何を言っているのかさっぱりわからないんですよ。キャストの方がキャラになりきってツイッターをやっていることもあり、ラジオ、ニコ生、そしてライブとすべてを追って行かないと"みんな"についていけないんですよね。HAPPY PARTY TRAIN TOURは乗り遅れた人間を容赦なく振り落として突き進んで行くのです。

 キャストの方がキャラになりきってツイッターをやっていたのは割と最初の頃からだったように記憶していますし、もっといえばμ'sの頃からキャラになりきってライブをやっていましたね。

 ならなぜ最近になってますます"みんな"の敷居が上がったのか。私は1stライブがきっかけだったと思うんですよね。

konohachanjp.hatenablog.com

1stを見た直後も書いたのですが、

"逢田さんがツイッターで言っていた「梨子でもりきゃこでもない、梨香子コール本当にありがとう」ということ。そして会場のサイリウムが桜一色になったこと。キャラでもキャストの愛称でもなくキャストの名前を呼び、キャストがそのことについて後に言及する。これはキャストがアニメのキャラクターをライブで演じ切るというラブライブのライブにおいては異様なことであると思うんですよ。"

あの出来事がきっかけでで"みんな"の中でもキャストとキャラの境界線が崩れたのではないでしょうか。

 崩れていく虚構と現実の境界線。狭く、そして濃密になっていく「みんなで叶える物語」。現実と虚構の境界線が崩れ始めたのは無印劇場版の頃からだったように思います。帰国した穂乃果たちが目にした光景、μ'sに染められた秋葉原。μ'sが現実に与えた影響を逆に劇中に持ち込んだ瞬間です。HAPPY PARTY TRAINは、Aqoursは、そしてラブライブはどこに突き進んで行くのでしょうか。